[写真]市販のクリスマス・プディング
[写真]市販のブランデー・カスタードとラム・カスタード
もう11月になってしまった。このメイルマガジンの配信を始めてから、途中で 配信が滞ってしまったこともあったが、とりあえず半年が過ぎた。
1週間が過ぎるのは遅いのに、1ヶ月とか1年とかはあっという間に過ぎてしま う。歳をとるごとに1週間が過ぎるのが遅く感じられ、1ヶ月、1年が経つのが 速く感じられる、な〜んてのは私だけか?
イギリスでは10月末ごろからスーパーの店頭にクリスマス・プディングが並び 始めると、ああ、もうそんな時期になったのだと思う。今年は失業もしたし、 愚犬には噛みつかれるし、2回も海を越えた引っ越しをしたし、いろいろ大変 だった。もう嫌だ〜、こんなの。
クリスマスはまだ1ヶ月以上も先だが、我が家ではすでに今年のクリスマス・ プディングは試食済みである。おいしそうだったので、とりあえずクリスマス に関係なく食べてしまった。
そもそも我が家はとくにクリスチャンではないから、クリスマス休暇がもらえ るのならクリスマスもいい、くらいにしか考えていない。クリスマスのイルミ ネーションはエネルギーの無駄遣いだと思っているし、クリスマスの商業戦略 にも決して乗るまいと思っている。妙な偶然だが、私も相棒も幼少時代に親か らクリスマス・プレゼントをもらったことがない。
イギリス人の相棒の家族も、とくにクリスチャンではないらしく、彼らが教会 に行くところなど1度たりとも見たことがないし、クリスマスだからと特別に なにかを用意するわけでもない。クリスマスには家族が集まるが、食べるのは いつものサンデー・ランチである。
実は、私はイギリスの典型的家庭のクリスマスってどういうものなのか知らな い。期待されていた読者のみなさま、どうもすみません。
私のクリスマス・プディングとの出会いは、昨年(1998年)の年末である。そ う言えば、今から1年前、私と相棒はまだ日本にいた。クリスマスのころとい うと、相棒の新しい仕事がフランスのトゥールーズの会社に決まり、私もそれ を機会にフランス語の語学学校に通う算段をしていた。ああフランス、グルメ の国。イギリスに行くんじゃなくって本当によかった、と思いながら…。
トゥールーズ行きは急に決まったことだった。相棒にはすでにイギリスで仕事 が決まっていたが、トゥールーズのその会社からの執拗な誘いに相棒が折れる 形で、すでに決まっていた仕事を辞退してトゥールーズの仕事を引き受けるこ とにしたのだった。相棒はフランスのナントに1年の滞在経験があって、フラ ンスはいろいろトゲのある国ではあるけど、田舎(パリ以外のこと)での生活 は楽しかったと言う。
イギリス人にしてはめずらしい美食家である友人の P に私は告白した。
「実はね、行き先がイギリスじゃなくてフランスに決まってすっごく嬉しい。 私、イギリスのまずい食べ物と憂鬱な気候に我慢できるとは思わないからね」
美食家 P もその点についてはおおむね賛成のようだった。でも
「うちでクリスマス・パーティーやるからクリスマス・プディングは食べろ」
と言う。えっ、クリスマス・プディングってもしかしてイギリスの?と思うと ギョッとしないわけでもなかったが、美食家がそう言うんならおいしいのかも と思うことにして、そこそこ楽しみにしていた。
美食家 P は日本でクリスマス・プディングを手に入れるのにそうとう苦労し たらしい。足を棒にして東京中を探しまわり、銀座の三越でようやく所望の品 を入手したそうだ。
パーティーに集まったのはイギリス人と日本人のほかには、フランス、ドイ ツ、インド、オーストラリア…あとは思い出せないが、要するにいろいろ。こ のクリスマス・パーティーは美食家 P のお気に入りの焼き鳥屋で忘年会をし たあとの二次会だったのだが、いくら日本食がおいしいと言っても、西洋人の 口にはどうしてもワインとチーズが欲しくなるらしい。美食家の家のテーブル にはワインをはじめとするアルコールの瓶がズラッと並び、チーズが次から次 へと出てきた。私はワインのおいしさもチーズのおいしさもわからないお子様 なので、一人ぼっちでつまらない。さっきから美食家は台所でなにやらやって いるが、クリスマス・プディングはまだなの〜?
台所から甘い香りが漂ってきた。その瞬間「ああこの匂い!」と狂喜する人た ちがいた。その人たちは紛れもなくイギリス人とオーストラリア人。他のメン ツは状況が飲みこめず「おいおい、そんなに狂喜するほどか」というマヌケ顔 で、みんなポカンと口が開いていた。目に見えない文化の壁とはよく言われる が、私には文化の壁が見えてしまった…。
その甘い香りの正体はクリスマス・プディングに添えるブランデー・カスター ドだった。イギリス人とオーストラリア人は、もうどうにもとまらない状態。 クリスマス・プディングは彼らの故郷の味なのだね。
クリスマス・プディングというのは簡単に言ってしまえば、ドライフルーツ入 りのスパイスのきいたケーキである。日本のプリンではない。また、日本のク リスマス・ケーキのようなスポンジ・ケーキでもない。ブランデー・カスター ドは必須である。ケーキもカスタードも温かいものをいただく。また、カス タードは普通のカスタードではなく、ブランデー入りのカスタードでないとい けない。それもクリスマス・プディングの甘く重い味のさらに上を行くような 香りがなくてはいけない。

そしてこれはお決まりだが、ブランデー・カスタードはたっぷりとかける。や やもするとケーキよりもブランデー・カスタードが主役になってしまいかねな いが、そのくらいがちょうどいい。レストランなどでは必ずソースが足りない ので私は多いに不満である。やっぱり、グレイヴィーとカスタードは家庭の手 作りをたっぷり食べるに限る。こういうのはケチケチしても身のためにならな いっていうのは「イギリスで食べる喜び」の読者の方々には常識ですよね。
美食家 P はクリスマス・プディングは市販のものを使ったが、ブランデー・ カスタードは彼の自作だった。それが私がこれまで食べたカスタードの中で最 もおいしいものだった。かのグルメの国、フランスで食べたデザートの、どの ソースよりも味わい深く、思い出深い。
その後まもなく私と相棒はフランスを目指して日本を後にした。途中でイギリ スに寄り、相棒の家族といっしょに2週間ほど過ごした後、トゥールーズに 引っ越す予定だった。イギリスでの滞在中、あれはトゥールーズ行きの3日前 のことだったが、相棒の仕事の話は電話1本で一方的にキャンセルされた。泣 けた。
結局、私たちはフランスではなくイギリスに住むことになった。
うっかり書くのを忘れてしまいました。クリスマス・プディングにブランデーをふりかけ、それに火をつけるのです。電気を消して青い炎をみんなで楽しみます。ほのぼのとするひとときです。[1999年12月14日]
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